大学4年を終わらせながら

コロンビアへ来たことが最近ようなのにもう最後の学期の半分しか残らなかったです。大学へ入学と今まで多くのことがありました。 その中で一番記憶に残ることはやっぱり働いたことです。大学1年まで私は一生にアルバイトをした事がなかったです。 本を書いた時お金を儲けることはしたが、 普通の仕事ではなかったから働くのがすごく新しく感じられました。

はじめはちちとした約束からです。 ちちは自分の企業を持っているからサラリーマンのように決まった給料を受けないです。 事業がよい時はお金が多いが、 あまりよくない時もあるからちちは私がもうちょっと経済的に独立的な人になったら良いといつも言いました。それからちちが考えた方法はconditional allowance 制度でした。私がどこかで働いた分父が小遣いを与える制度でした。例えば私が一週間に十時間を働きたら父はそこに比例される金額の小遣いを与えました。どこで仕事をするかはあまり関係がなかったから私は仕事を最小にして時間をたくさん与えるしごとが必要でした。結果はやっぱり学校の図書館でした。今まで働いた図書館は。。Business, Math, Music, Chemistry, Physics, Biology, Psychology, Engineering, Geologyでした。その以外は今学期に短く働く EALAC 事務賞だけです。学校でするしごとは学生を理解する要素が多くて、仕事をするよりつくえに座って宿題をするとか勉強をする事が大部分です。


今はやっぱりお金のためお金を儲けているが、働かないことはすごし変に感じられます。一般的に両親に小遣いをもらう若者達は仕事をしないことを誇らしがります。しかし、私が育った家庭環境はお爺さんもちちもははもみんなお金がない状況で自分の夢や人生の目標のために熱心に勉強しながらはたらいたから仕事や働き精神(?)に対する価値観がとても明らかです。 世の中には無料のお金はないと家族皆思います。働くのができるなら働いてお金のいみや価値を学ぶのが人生の一部分だと家族の大人たちは思います。

初めてこんな制度のため仕事をしなければならなかった時はとても父がひどいだと思いました。 お金があるのに小遣いを与えないようにしゃくにさわらせるようでした。しかし大学を通いながら仕事もして、 小遣いに私が儲けていたお金まで管理をして、 仕事をしながらとても多い人々に会って今振り返れば仕事をするようになったことが嬉しいです。たまには身が大変ではあるがお金を簡単に儲けることができると思ってはいけないと思うからくだらない不平はないです。先学期には仕事をぜんぜんしなくて小遣いも、儲けてたお金もなしに貯金したお金をあまりにも多く使って、 今学期はもうちょっとテンションをあげて無理しないで仕事をしています。卒業をしたら本当の仕事があるからこんな制度もいなくなって、だんだん私が両親に小遣いを返さなければなりません。 しかしその以外はたくさん学んだようです。学校でさまざまな事をしながら多くのことを学びました。別に人間関係についてたくさん学んだが。。(しょうじきにまだ私のじょくせつな性格のため今もこの部分は自信がないです=p)。でも、学んだものなどを社会に出てよく李要したらと思います。